9月も下旬になり、少しずつ秋らしさを感じるようになってきました。
日が暮れる時間が早くなったり、聞こえてくる虫の声が変わったり。
暑さがやわらぎ、過ごしやすくなってきたはずなのに、
「なんとなく寂しい」
「少し気持ちが落ち着きすぎる」
「理由はないけれど、物思いにふけってしまう」
そんな感覚になることはありませんか?
秋という季節には、どこか「物寂しさ」を感じさせるものがあります。
実は、このような季節と心の変化について、東洋医学では昔から興味深い捉え方をしています。
東洋医学の「陰陽五行」では、自然界の変化と私たちの身体や心は、切り離されたものではなく、互いに関係しながら変化していくと考えます。
五行の考え方では、
- 春=木
- 夏=火
- 土用=土
- 秋=金
- 冬=水
と季節を捉えます。
そして秋の「金」と関係が深い五臓が「肺」です。
さらに、感情では「悲」「憂」が肺と関連するとされています。
つまり東洋医学では、
秋 ― 金 ― 肺 ― 悲・憂
という一連のつながりを見ているのです。
もちろん、
「秋になったから悲しくなる」
「悲しいから肺が悪くなる」
と単純に考えるものではありません。
むしろ面白いのは、東洋医学が昔から、季節・身体・感情をそれぞれ別々のものではなく、ひとつの大きな流れとして観察してきたところです。
少し、自分の身体を思い浮かべてみてください。
気持ちが沈んでいるとき。
胸を大きく張って、顔を上げ、呼吸を弾ませている人はあまり多くありません。
反対に、
肩が少し前に入り、
背中が丸まり、
視線が下がり、
呼吸が浅くなる。
そして、
「はぁ……」
と、ため息が出ることもあります。
「胸が締めつけられる」
「胸がいっぱいになる」
「息が詰まる」
といった言葉があるように、私たちは昔から心の状態を「胸」や「呼吸」の感覚と結びつけて表現してきました。
現代でも、心理的な緊張やストレスと、呼吸・筋緊張・自律神経などの身体反応には相互の関係があることが知られています。
心が身体に影響し、
身体の状態もまた、心の感じ方に影響する。
東洋医学の「肺と悲」という考え方を、現代の心身医学とまったく同じものとして扱うことはできません。
それでも、
「心と身体を切り離さずに観察してみる」
という点では、重なるところがあるように感じます。
そこで、この秋にひとつ試してほしいことがあります。
それは、
自分の呼吸を観察してみること。
といっても、無理に大きく深呼吸する必要はありません。
まずは、そのままの呼吸を感じてみてください。
今、自分はどんなふうに息をしていますか?
胸は動いているでしょうか。
お腹は動いているでしょうか。
息を吸うことと、吐くこと。
どちらが楽でしょうか。
呼吸を変えようとするのではなく、まず「今はこうなんだ」と気づいてみる。
それだけでも、自分の身体へ意識を戻すきっかけになります。
忙しい毎日を過ごしていると、私たちは外側の出来事にはたくさん気づいていても、自分の内側で起きていることには意外と気づいていないものです。
だからこそ、ときどき呼吸に意識を向けてみる。
それは、自分自身へ戻ってくる小さな時間になるのかもしれません。
春には植物が芽吹き、
夏には大きく広がっていきます。
そして秋になると、自然界は少しずつ成長の勢いを落とし、冬へ向けて「収める」方向へ変化していきます。
陰陽の視点から見ても、夏の「陽」が盛んな季節から、秋冬の「陰」が深まっていく時期です。
そう考えると、
秋になって少し静かになったり、
考えごとが増えたり、
なんとなく物寂しく感じたりすることを、
すぐに「元気にならなきゃ」と打ち消さなくてもいいのかもしれません。
少し立ち止まる。
呼吸を感じる。
今、自分は何を感じているのかを観察する。
それもまた、季節に合わせたひとつの養生だと思います。
私たちの身体や心は、毎日まったく同じではありません。
気温や湿度、日の長さ、睡眠、食事、仕事、人間関係。
さまざまなものの影響を受けながら、少しずつ揺れ動いています。
だからこそ、
「いつも元気でいなければ」
ではなく、
「今日はどんな自分だろう?」
と観察してみる。
東洋医学や陰陽五行は、自分を決めつけるためのものではなく、そんな小さな変化に気づくための「ものさし」として使ってみると面白いのではないでしょうか。
秋の物寂しさも、なくすべきものではなく、
自分の内側へ少し目を向けるための、季節からの合図なのかもしれません。
秋の空気を感じながら、ほんの少しだけ立ち止まって、自分の呼吸にも耳を澄ませてみてくださいね。